中根寺について 中根寺は、後堀河朝元仁中(1224年)、今を距てたること約800年前に文寛律師により開山され、行基菩薩の作と伝われている真言宗豊山派の古刹である。また、義公史跡の1つにして和田平助正勝霊場であり、本堂のほかに、阿弥陀堂(常陸千日堂)、薬師堂及び摩利支天堂が建立されている。明治時代の初めころ、廃仏毀釈(1868年の神仏分離令によって起こった仏教排斥運動)に遭い衰退してきたが、明治22年(1889年)、隆善師宗薫の命を受け、これを従事。檀信徒協力もあり、当時の再興の道を開きました。その後、隆山和尚が中興となり、真道大和尚、聖真大和尚、教眞和尚を経て、現在の真弘和尚が受け継いでいます。
阿弥陀堂 阿弥陀堂は、1つに常陸千日堂の名前があり、承久3年3月16日(1221年)、恵心僧都御作の阿弥陀三尊を祀り、水戸義公時代に飛騨の内匠により改築したことで飛騨内匠一夜作りの別名を持っている。堂内四方の壁間に仏像千体を安置している。(毎年11月16日に回向祭として御開帳しています。)
摩利支天堂 摩利支天尊は、水戸義公時代の新田宮流抜刀の開祖である剣豪和田平助正勝の護持佛にして、天和3年9月11日(1683年)59歳で自刃した地であり、そのときに所持していた摩利支天尊をお祀りしている。また、厄除けや開運、所願成就の神として多くの人に信仰されています。